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子ども達の答案を見て思うこと(8) 「想像力」の駆使

 こんにちは! スタディ・ラボ代表の冴本(さえもと)です。

 中学入試を迎える6年生にとっての天王山ともいえる夏期を前に、私も様々な準備に追われています。暑さに負けないよう、ブログ記事のアップもできるだけ間隔が開かないように張り切っていきたいと思っています!

 「自由詩アレルギーの克服」の記事も3回目となりました。これまでに、自由詩に対して多くの子ども達が苦手意識を持つ理由を、1.形式が特殊であること、2.情報の収集・整理がしにくいこと、3.詩独特の知識獲得の煩わしさ、といった3点に整理しましたが、今回は、自由詩を学ぶうえで最も重要となる2.の自由詩の内容を把握・整理するための方法についてお話ししたいと思います。

 中学入試で出題される自由詩の問題は、例外(1989年度出題の栄光学園の詩)こそあれ、ほとんどが数行~20行程度の短い詩です。しかも改行がされているために文字数にすれば物語文や随筆文に比べてはるかに少ないのが特徴です。
 それゆえに、自由詩から十分な情報を導き出せない、結局主題まで到達できずに、設問傍線部を選択肢と突き合わせてなんとなく帳尻合わせをしてしまう、といった非本質的な問題解決に向かってしまうようです。他方で、自由詩は短い分、主題さえ見えてくれば嫌いじゃないよという子もいて、誰にとっても解読不可能な難解な対象というわけではありません。

 与えられた情報はたしかに少ないけれど、少なければ少ないなりに自由詩に対応したアプローチがあるはずで、自由詩が得意、あるいはそこまでいかなくても特段の苦手意識を持たない子は、細部の文言の「解読」といった作業に解決を求めるのではなく、自由詩だって、作者は何かを伝えたいはずだ。その仕掛けを作者の視点に立って「一緒に」考えてみようという素直なアプローチができているのではないかと思います。まさに、そのことこそが自由詩を出題する作問者の意図であり、自由詩を解きほぐすキーワードが「作者の視点」と「想像力」という2つの言葉なのです。

 以下は国語自習書である小著『学び方を変えれば国語はグングン伸びる!』の中から、自由詩の内容理解についての部分引用です(オリジナルは子ども向けに書いたものなので一部表記を変えてあります)。



 ・第48講 自由詩アレルギーを和らげるための方法(2) 

 次に、2.与えられる情報が少なくて、意味をつかみにくいという点に対しては、言葉の「量より質」の考え方で対応していきましょう。たとえば、次のような詩があったとします。

   さくらの 花びらが はらはらと
   わたしの 肩に 舞い落ちる

 たしかに、「いつ」、「どこで」、「だれが」、「どこで」といった情報ははっきりとはつかめません。けれども、「さくらの花びら」という言葉から、その土地で桜が開花(かいか)する季節(本州であれば3月から4月)だろうなということは大体見当(けんとう)がつきますし、「はらはらと」という部分から、それほど風もない穏(おだ)やかな日なのだろうなといったメージもふくらみます。また、「わたしの 肩に 舞い落ちる」という部分から、「わたし」が桜を見下ろしているのではなく、桜の木の下にいるのだろうな、という位置(いち)関係(かんけい)もつかめます。さらには、「舞い落ちる」という表現から、花びらがひらひらと回るように降りてくる様子を、作者が好(この)ましいものとして眺(なが)めている様子、時の長さ、さらには余裕(よゆう)のある心情までが「見えて」きます。

 このように、作者が選び抜いた言葉のひとつひとつを、作者の視点に立って、噛(か)みしめるようにして味わうことで、作者の見た、感じた世界を、想像力によって復元(ふくげん)して自分の頭の中に組み立てなおすことができるようになります。以上をまとめると、作者の目を借り、肌(はだ)を借りて(五感を借りて)、ひとつひとつの言葉のイメージを想像力によってふくらませることで、作者が見たまま、感じたままを自分の頭の中に復元する作業が必要になってくるということですね。これを簡潔に言えば、「作者の視点(してん)に立つ」ということになりますが、このように、考えることで、内容面の情報不足を補(おぎな)うことができるわけです。

 ここまで読んでいただいて、もうおわかりだと思いますが、自由詩の苦手意識を和らげるための方法が、実は詩の合理的(ごうりてき)な読解方法になっているのですね。作者の視点に立って、イメージをふくらませながら詩を読み進めるというのはその中でも最も大切な心構(こころがま)えなので、とくに詩を苦手とする人には、ここに書いてあることは何度も読み返していただきたいと思います。




 物語を読む時には、その情景を思い浮かべながら読んでいる子が多いのに、自由詩を読む時は、どうしても形式やインパクトのあう字面に揺さぶられてしまい、作者の見た風景や感覚を考えることなしに、パズルを解くかのように平面的に問題に取り組んでいる子が多いように思います。

 でも、ここでちょっと考えてください。子どもたちにもしばしば伝えるこなのですが、誰に教わったわけでもないのに、私たちは言葉からイメージを受け取り、それを再構成することができます。この能力を入試問題を解く時にも使わないというのはもったいないですよね。強引なたとえかもしれませんが、口を閉じて食べ物を味わう、手を縛って泳ぐような無理をしている感じです。普段、もっと手を動かして、メモをしながら、文章に印を付けながら読んでみようよと呼びかけていますが、それもまた、人に備わっている様々なオプションを使いこなしていかないことが問題の解決にとって非常に不合理だからです。パソコンがあれば、それを使って情報整理をし、新幹線が利用できれば目的地に素早く到達できできます。自分の外側にあるツール、手段だけでなく、自分の内側に備わっているツール、能力もまた問題解決に役立てていけるはずです。天与の手段、自分もまた十分に使いこなせていないという自戒を込めて。

 次回は、自由詩の読解シリーズの最終回として自由詩読解に必要な知識について触れる予定です。今回に続き、できるだけ速いアップを目指します! 夏期中の国語学習相談、過去問の取り組み方のご質問をお待ちしております。

 なお、『学び方を変えれば国語はグングン伸びる!』書籍版の残部が僅少となりました(ダウンロード版はその心配はありません)。製本会社が夏休みに入る前に増刷の発注を予定していますが、ご注文があればお早めにいただけると嬉しく思います。暑い日が続きます。小まめの水分補給を心がけて熱中症にならないようにご注意ください。パソコンの熱暴走にもご注意を。


中学受験/国語学習相談お待ちしております!
「プレミアム添削」のスタディ・ラボ  冴本(さえもと)
https://study-labo.com/
 こんにちは! スタディ・ラボ代表の冴本(さえもと)です。

 いつの間にか夏真っ盛りになってしまいました。前回の「自由詩アレルギー」を克服する記事をアップしてすぐに続きをアップするつもりでしたが、夏期前の仕事に追われてブログの更新が遅れてしまいました。申し訳ありません!

 さて、自由詩アレルギーの克服ですが、前回、多くの中学受験生が自由詩に対して苦手意識を持つ理由を、1.形式が特殊であること、2.情報の収集・整理がしにくいこと、3.詩独特の知識獲得の煩わしさ、といった3点に整理しました。

 今回は、1.の自由詩の形式が特殊であることゆえの苦手意識を緩和する方法についてお話ししたいと思います。

 以下は国語自習書である小著『学び方を変えれば国語はグングン伸びる!』の中から、自由詩の形式的特徴とその対応についての部分引用です(オリジナルは子ども向けに書いたものなので一部表記を変えてあります)。



・ 第47講 自由詩アレルギーを和(やわ)らげるための方法(1)
 
 それでは、皆さんの多くが持っている自由詩へのアレルギーを克服(こくふく)するにはどうすればよいでしょうか。克服とまではいかなくてもアレルギーを和(やわ)らげてはおきたいですよね。第46講では、詩に苦手(にがて)意識(いしき)を持つ理由を3点にまとめましたが、これは裏(うら)から言えば、詩(自由詩)の特徴(とくちょう)をとてもよく表しているとも言えるんです。

 すなわち、詩とは、①作者の感動を、②選び抜かれた言葉を使い、③独特(どくとく)の形式を用いて表現した文章ということになりますが、形式が独特であるために、文のつながり方や修飾(しゅうしょく)関係(第99講参照)がわかりにくくなっている面や、感動をピッタリ表すような言葉を徹底的(てっていてき)に選び抜こうとするために、言いかえればムダな表現を避(さ)けようとすることから、十分な情報を読み取ることができないという面があるわけです。

 このように詩には、新鮮(しんせん)な感動を損(そこ)なわないで伝えたいという目的があるために、自(おの)ずと読みにくいものが多くなるのですね。そこで、その「読みにくさ」に対応した読み方が必要になってくるわけです。第46講で、読みにくい形であれば、それを読みやすいように(自分で)形を変えていけばよいんだ、ということをお話ししましたが、それが基本方針です(もちろん、形を読みやすく変えるだけであって、自分勝手に内容までを作り変えてはいけませんよ!)。

 まず、1.句(く)読点(とうてん)を打っていないために読みにくいものが多いという点に対しては、自分で句読点(とくに句点「。」)を打ってしまいましょう。また、詩の中には一応最初から句読点は打ってあっても、表現効果を考えて、普通の文の決まりにしたがった句読点が打たれていない場合もありますので、そのような場合には、句読点を打ち直してやる必要があります。この作業もまた「文章(ぶんしょう)加工(かこう)」のひとつですね。この作業によって、一文(いちぶん)がどこまで続くのか(一文のまとまり)がわかりやすくなり、主語と述語の関係や修飾(しゅうしょく)・被(ひ)修飾(しゅうしょく)の関係(飾(かざ)る飾られるの関係)が読み取りやすくなります。また、連(れん)(普通の文章でいう段落にあたるもの)の切れ目は文の切れ目にもなっているはずなので(詩の場合には例外もありますが)、連分けの問題が出てきたら、句点をつけた場所を探して、切れ目の候補を絞(しぼ)り込むこともできるわけです。さらに言えば、詩の中にさりげなく組み込まれている表現技法のひとつである倒置法(とうちほう)も発見しやすくなります。このように、句読点を自(みずか)ら打って(打ち直して)整理することで詩の形式からくる読み誤(あやま)りを防ぐことができるのですね。



 自由詩が出題範囲のテストでは、普段文章にきめ細かくチェックする子どもも、自由詩にはノーマークであることが多いようです。それでも句点を打つだけでどれだけ読みやすくなるかに気づいた子は、必ず句点を付けるようになります。連=段落も、原則として文の切れ目が候補となるので、句点を打つだけで連分けの候補となる行数を絞り込むことも容易となる実戦的な手法なのです。

 また、自由詩に付属する鑑賞文についても読みが甘くなる傾向が見られます。自由詩を特別なものと割り切って学びの対象とする考え方もあり得ますが、私は自由詩もまた「主題」を持った文章の一種と考えています。自由詩の特殊性を認めつつ、物語文や説明文などの一般的な文章に近づけて、これまで学んだ読解手法、解答手法に包摂して問題に取り組む方が合理的ではないかと考えるわけです。

 次回は、自由詩の読解で最も重要ともいえる「想像力」をテーマにする予定です。できるだけ速いアップを目指します! 夏期中の国語学習相談、過去問の取り組み方のご質問をお待ちしております。


中学受験/国語学習相談お待ちしております!
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